日常のビタミンになるようなのんびりしたブログを目指しています。 2006年8月のイタリア観光の旅行記を掲載していますのでよろしかったらご覧下さい。 趣味で写真をはじめました。
イタリア旅行記(追記3-ミネラルウォーター)
2006年09月30日 (土) | 編集 |
イタリアではとにかく暑さとノドの渇きから、ひたすらミネラルウォーターを飲みました。

観光バスの中で、路上のお店で、売っているのを見かけるたびに買っていたといってもいいくらいです。

日本に比べて本当にたくさんの種類のお水が売っていました。

炭酸入り・なしと2種類があるのですが、普段炭酸飲料を一切飲まない私は旅行中は炭酸の入っていない自然水(Acqua mineralle naturale)だけ飲んでいました。

添乗員さんは炭酸入りを飲んでいたので聞いてみると、炭酸水は身体に良いということでした。

帰国してから雑誌とかで見てみたらミネラルウォーターは一日に何回かに分けてトータル1.5リットル飲むと身体に良いということで、食事のときだけは炭酸水を飲みながらというのが良いみたいです。

炭酸水は空腹時に飲むと食欲が増してしまうということだそうです。


イタリアでレストランで飲んだり、買ったりしたミネラルウォーター色々と種類がありましたが、私がお気に入りだったのは以下のお水でした。

サンベネディット 

また、帰国してから普段飲んでいるお水は以下の二種類です。

ロケッタスパークリング

コントレックス


ノドがからからで暑いときは、冷たく冷えているととってもおいしかったです。
イタリア旅行記(追記2-スーパーマーケット)
2006年09月23日 (土) | 編集 |
ホームページとかあるかなと思って探してみたらなかったので、店名と住所、電話番号だけ記します。(レシートより転記)

イタリアでは、路上でもミネラルウォーターやその他飲み物など売っているところがありますが、やっぱりスーパーマーケットはとても安いです。その代わりミネラルウォーターは路上で売っているのと違って冷えてはいないみたいなのですが。

クノールのリゾットはとてもおいしいとのことで、お土産として買う人が多いみたいです。

お友達がクノールのリゾットを日本でチェックしていたということでスーパーに行ったのですが私も2つぐらい買ってきました。

あとはパスタとかパスタソースを買いました。
リゾットはまだ食べていないのですが、クノールのポモドーロのパスタソースは瓶に入っているのですがとってもおいしかったです。

あとはパスタとかポルチーニ茸のパスタソースとかを買いました。

下に書いたマーケットのうち3番目のところが一番広かったです。

SIENA

CONSORZIO AGRARIO SIENA
VIA PIANIGIANI,5-53100 SIENA
P.l.: 00049520521
0577-222368

ROMA

GS DIperDI L'EPICERIE S.R.L.
VIA VITORIA, 22/A-00187 ROMA
P.IVA 06782561002
0632111416

ROMA

SUPERMERCATO SMA
P.ZZA SANTA MARIA MAGGIORE
H.1-3-5
ROMA
P.IVA 05359361002
0644360225
イタリア旅行記(追記1-宿泊ホテル)
2006年09月23日 (土) | 編集 |
最近CanonのCMでヴェネツィアの景色が流れているのでとても懐かしいです。あとNHKの名曲アルバムでも「ホフマンの舟歌」という曲が流れる際にヴェネツィアの景色が出てきたりヴェネツィア映画祭の番組とかでも出てきたりして「あ〜、ヴェネツィア行ったなぁ。いいところだったなぁ。」と思いました。

宿泊ホテル一覧(滞在地、ホテル名、所在地、電話番号)をご参考まで書いておこうと思います。(旅行会社の「旅のしおり」より


MILANO(1泊) ★★★★(4つ星ホテル)

ATA HOTEL EXECUTIVE (http://www.atahotels.it)
VIA LUIGI STURZO 45
MILANO LOMBARDY
39-02-62941

VENEZIA(2泊)  ★★★★(4つ星ホテル)

HOTEL PRINCIPE (http://www.gardenahotels.it)
LISTA DI SPAGNA
147, 30121 VENICE
39-0412-204000

FIRENZE(2泊) ★★★★(4つ星ホテル)

HOTEL LONDORA (http://www.firenzealbergo.it/hotel/Londra/default.aspx)
VIA JACOPO DA
DIACCETO 16/20
FIRENZE(FL),50123
39-0552-739142

SIENA(1泊) ★★★★(4つ星ホテル)

JOLLY (http://www.jollyhotels.it/eng/ALBERGHI_scheda_classic.asp?Obj=1293)
PIAZZA LA LIZZA 1
53100 SIENA TOSCANA
39-0577-382111

ROMA(2泊) ★★★★(4つ星ホテル)

UNIVERSO (http://www.hoteluniverso.com/sub1a.html)
VIA PRINCIPE AMEDEO
5/b 00185 ROME
39-06-476811
イタリア旅行記(帰国)
2006年09月15日 (金) | 編集 |
2006年8月27日(日)〜2006年8月28日(月) 晴れ

今日は、イタリアで過ごす最後の日となりました。
終日自由行動ということで添乗員さんのモーニングコールはありません。
朝6時半〜10時までの間に0Fのレストランで朝ごはんを食べて、スーツケースは10時までの間にドアの外へ出しておくことになっています。
チェックアウトも10時までに済ませる必要があります。
自由行動後の集合は17時にホテルのロビーです。
今日の持ち物はPと書いてあります。(パスポートのことです。)
イヤホン(みみたろう)は昨日の観光で使い終わった時点で回収もしくは記念に持ち帰りとなりました。私は最初に渡されたビニールの袋に入れて返却しました。みみたろう、バイバイ。

私とお友達は今日はいつもより1時間ぐらい遅く6時半頃おきて、身支度をして、朝ごはんを食べに0Fへいきました。
ホテルでの朝ごはんも今日が最後です。
クロワッサンとスクランブルエッグとヨーグルトを食べました。
紅茶をいれたりするために沸かしたお湯があるのですが、自宅から持ってきていた日本茶のティーパックがあったのでお茶をいれて飲みました。もし海外に行くことがあったらこれはやっぱり持って行こうと思いました。本当はあんまり日本の食べ物とか持っていかないで滞在中は現地のものを楽しもうと思っていたのですが、今回一応持ってきていたこのお茶とおしょうゆのおせんべいと、一口塩羊羹はとっても助かりました。

朝食が終わってお部屋に戻って歯を磨いて、スーツケースを外に出して0Fへ行きました。
フロント前に例の「カメオのおじいちゃん」がいました。
私たちを横目でチラッと見て知らん振りです。私たちも同時にチラッと横目で見ておすましです。

フロントでチェックアウトの手続きをして、記念にお部屋の鍵をもらいました。(今まで泊まったところでも普通の金属の鍵はもちろんだめですがカード式のお部屋の鍵は記念にもらえるということでもらってきました。)

ロビーには同じツアーの人たちがいて一緒に行動しないかと誘ってくださったのですが、今日は私たちはお買物中心ということであちこちまわるので別にさせていただきました。
今日は本当は日曜日なので、朝市とか蚤の市があるというのでちょっと行きたいなあと思っていたのですが、お友達が興味がないと言うことと私たちはちょっと疲れていたこともあってやめにしました。
(今度来るときは絶対に行きます!!)

ホテルを出てすぐタクシーをひろいました。
年配のおじさんです。
車に乗ったらすぐに行き先を告げて、念のため"Quanto costa?"(おいくらですか?)とたずねたところ、1回聞き返されて少しひるんでしまったのですが、勇気を出してもう1回同じ事を聞きました。
すると紙に50と書いて、"Fifty euros"と言うので、「うわっ、高い。」と思ったのですが言葉で交渉をする自信がなく、目の前のフロントガラスの上中央ぐらいにメーターがあったのを見て降りるときにこれを指摘して話してみようと思って黙っていました。

メーターを見ていたら二つ数字があってどちらもほとんど同じように数字があがっていっているのですが、どっちかが金額でもう一つが走行距離かなぁとおもって見ていましたがじーっとみていたら左の数字のほうが進みが速かったので、なんとなく右側が金額だなと思いました。

到着したときにメーターを見たら6.7となっていたので、厳密にいえないので丸めた数字で、"Sette euros?"(7ユーロですね?)みたいに言ったら"Si."(はい。)というのでとりあえず7ユーロを渡したらおつりをちゃんと30セントくれたので、それをチップとして渡しました。

最初言われたとおり50ユーロ払っていたら大損でした。。


今日はまず、私のお気に入りのカメのトレードマークのcarpisa(カルピザ)というお店へ行くことになりお店の前に到着しましたが、10時開店なのに到着した10時半にはまだ全然開いていなくてしばらく待っていても全然開店の気配がないのであきらめてその近くをみてまわることになりました。

ほとんどのお店が閉まっている中、まずは「PRADA」が開いていました。ここで少し見て両親のお土産の小物を買いました。
(お母さんの小物と色違いのおそろいで私のも買ってしまいました。)
総額155ユーロを超えたので、空港で免税の戻りの手続きをすれば少し戻ってくるということなのでパスポートを見せて書類に書いて書類一式もらってきました。

お友達の希望で、スーパーマーケットに行く予定だったので、近くにあるそのスーパーマーケットでパスタとかパスタソースとかを少し買いました。

お店を出るときに、私は堂々と「PRADA」と書いてある紙の手さげを下げているのがちょっと危険かなと思って、中身を出して袋を折りたたんでスーパーマーケットの名前入りのビニール袋に入れて外に出て持ち歩きました。

お友達がすでにチェックしていたジェラート屋さんがあって、行くことになっていたのでそこへ移動することになりました。

私は青りんご、チョコレート、パイナップルの3種を選びました。
気温が高く暑いこともあって、とてもおいしかったです。

そのあともお友達の好きなブランドのお店を探して回りましたが、ETROもセルモネータ・グローブスも閉まっていました。

私はあんまりこだわらないので何でもいいのですが、お友達はそうはいかないのでなんだか気の毒です。

とりあえずあっという間にお昼になってしまったのでどこかで食べようということになり、オープンカフェ風のピザ屋さんがあったのでパラソルのついた外の席で食べようということになり入りました。

またまたカタコトで直前に覚えてきた言葉で、"Il menu, per favore."(メニューをお願いします。)と言ってメニューをもらって、
ボンゴレのパスタとピザ(マルゲリータ)とお水を選んで、あとサラダはなにがおすすめかきいてみようということになり、お店の人に"Cosa mi consiglia?(なにがおすすめですか?)とサラダのあたりを指差して聞くとその中の一つを指差してくれたのでそれにしました。

運ばれてきたものを少し食べてみたらおいしくて、食事をしながらお友達と「旅行も今日でおわりだね〜。」と話していたらお隣の席のテーブルを片付けていたお店の男性がワイングラス2つを地面に落としてしまい割れる音がしてガラスが飛び散りました。

お友達の座ってる側だったのでお友達は「なんか足にちょっと当たった感じ。全然大丈夫だけど。」と言っていて、え?と思いながらピザに手を伸ばして食べたところ左の奥歯で「バリバリッ!」と何かが砕ける音がして口から取り出したところ、ガラスの塊がいくつが出てきました。びっくりです。

見ていたお友達は、「お店の人にいいましょうよ。」というので、グラスを割ったお店の人が次に出てきたときに"Scusi."(すみません。)と呼んで"Parla inglese?"(英語はお話になりますか?)と聞いたら、"Si."(はい)というので、英語で(といっても文法はめちゃくちゃだとおもうのですが・・)「先ほどあなたがワイングラスを割った後にピザを食べたら口の中で何かが割れました。(ガラスを指さして)これです。」といってガラスを見せました。

するとお店の人が「全部新しいのと交換します。」と言ってくれたのでどうするかとお友達に言ったら「もう食べる気なくしたからいいです。お金払わないって伝えてください。」と言われて少し困ったと思いつつも「交換はいらないですが、私たちはこれらの食事の代金を払う必要がありますか?」と聞いたところ、やはり「代金は払ってもらわないと困る。すぐ料理は用意する。」と言われまた彼女に伝えたところ「もう食べたくないですよ。もっと強く言ってくださいよ!」というのですが私はここであまり時間とりたくなかったし、33ユーロ払えばいいかなとおもって、「私払うよ。だから食べない?」といったのですがもうどうしても食べないというので私はお店の人に33ユーロ払って二人ともお店を後にしました。
もちろんチップは置いてこなかったです。

その後またお買物を少し続けて、又別のスーパーマーケットを見つけてお買物をしました。
私は朝最初に行ったお店(Carpisa)の別の店舗が偶然あったので、中に入りカメさんのかわいいマークの入った紺のデニムのバッグを買いました。半額セールをしていたので8.5ユーロでした。
これはお母さんがとっても気に入ったみたいなのであげました。

そろそろホテルに戻ろうということになり、集合時間の1時間前にホテルに戻りました。

フロント脇の小部屋にスーツケースがあるのでお土産を入れる人はどうぞと添乗員さんが言ってくれたので詰めました。
他の人たちも徐々にホテルに戻ってきてみんなおみやげ詰めに一生懸命です。

私はみんなより小さいスーツケース(レンタル)だったのになんだかみんなのよりちょっと重かった感じです。

まだ時間があったのでロビーで座っていたら、お友達が添乗員さんに「お話があるんですよ。ね?」と私のほうを向くので「なに?」というと「ピザの話してくださいよ。事件の話。」と言うので「ガラス混入事件」を話したらお友達が「私は、払わないって言おうとおもったんですけど、払うとか言っちゃうもんですから。普通タダですよね〜。」と添乗員さんにすごい勢いで言っていたのでなんだかちょっと困ったなーと思いました。

だからあとから彼女が半額出してきたときに「あれは私が払うって言ったんだしお金いいから。」といいましたが彼女はばつが悪くなったのか「いいですいいです。とっといてください!」と言って無理やり渡してきました。
あんまりけんかになってもいやだったので素直にもらっておきました。

5時少し前に全員揃ってバスも到着していたので乗り込んでいざ空港へ。

空港について荷物検査と出国手続きが終わったら添乗員さんが、「みなさんすぐにパスポートをしまってください。日本のパスポートは高額で取引されているので狙われています。」と言うのであわててホルダーにしまいました。

私はまずは、免税の戻りの手続きに向かいました。割り込みをしてくるアジア系の方が多いのでなんだかけんかみたいになってる人たちもいるようです。
かなり並んで時間がかかりそうなのでお友達には何かお買物に行ってもらうことにしました。。

その後、お友達が「何か食べておきませんか?お昼も食べられなかったしおなかすごくすいてるので。」というので上にあがってパスタなどを食べました。

出発までの間まだ時間があるのでお店を見ようということになり、見ていたらお友達の好きなETRO(エトロ)があったのでお友達の機嫌は急上昇です。とりあえずは良かったです。

私は色々見ていたけれど特別もう買うものがなくて、目の保養にブルガリを遠めにチラチラと見ていただけです。

ブルガリといえばフィレンツェのお店でなんかすごく気になった香水があったなぁとおもったけれど日本でも買えるしとおもって衝動買いはしませんでした。PRADAの小物買ったし・・。
Bacciのチョコレートだけ少し買いました。

いよいよ飛行機にのりこみます。
海外旅行が初めてだったので、家を出るときには身の回りを片付け倒して、両親にあてた遺書を渡して出てきたのですが、どうか最後まで手紙が役に立ちませんように・・。

飛行機に乗ってしまうと、なんだか本当に旅行終わりなんだなぁ・・と思いました。出発は21時10分で、帰りはアリタリア航空と日本航空の共同運航便ということでした。乗って少ししたら飲み物とかお菓子が配られて、機内食がすぐに出ました。
記憶では、日本到着直前にもなんかお食事が出たような気がします。
私は通路側なので、何度もおといれに行って足をのばしたりストレッチみたいなことをしていました。じっとしているとなんか体が痛くなってきてしまうので何往復もしてしまいました。

私は、乗っている間ガイドブックを取り出してしみじみと行った所をおさらいして見ていました。
ミラノの大聖堂すごかったなぁ、、ヴェネツィアは運河とかもめがとても良かったなぁ、、フィレンツェは夕方ミケランジェロ広場から見た景色が素敵だったなぁ、、ローマのヴァチカン市国は荘厳な感じだったなぁ、、サン・ジミニャーノ、シエナ、ラヴェンナもみんなそれぞれに良いところでした。

私の持っているガイドブックには、主要都市だけなので、サン・ジミニャーノ、シエナ、ラヴェンナが全然乗っていないので何かガイドブックを探してみようかなと思います。

もうすぐ日本に到着です。

日本には行きより早く着いた気がします。

2006年8月28日(月)16:15 日本に降り立ちました。
今日私はお誕生日を迎えました。

空港に着いて荷物を引取り、ツアーの方たちと別れてすぐに家に電話をして、荷物を宅配にあずけて帰りました。新宿駅で成田エクスプレスを降りて山手線に乗り換えたときになんだか街並みがとてもごちゃごちゃしていて、なんだかにごったなまぬるい空気に頭の中が少し疲れてしまいました。

お友達と途中で別れて、家に着いて久しぶりに両親の顔を見ました。
いつもと変わらない日常になんとなくほっとしました。

明日はスーツケースが届くので、おみやげや荷物を整理しないといけないのでちょっと忙しいです。でも楽しい忙しさです。

この旅行ですっかり海外旅行が楽しいと思ってしまったのですが、いつか是非オーストラリアに行ってコアラをだっこかおんぶしたいです。

そしてもちろんイタリアにも又訪れたいと思います。

長々と要領を得ない文章を書いてしまい読んでいる方には非常に疲れを伴うものとなってしまい申し訳ありません。
書いておかないと忘れてしまうので自分の個人的な旅の記録を書いたといった感じです。また思い出したら差し込んでいくか別途追記するかしようと思っています。

こんなに走り書きの乱雑な文章をここまで読んでくださった皆様に心より感謝を申し上げます。どうもありがとうございました。
イタリア旅行記(ローマ2泊目)
2006年09月08日 (金) | 編集 |
2006年8月26日(土) 晴れ

今日は、添乗員さんからのモーニングコールが6時半、朝食も0階で6時半から食べれます。集合時間は7時半です。

持ち物はパスポートとすっかりおなじみになったイヤホン(みみたろう)です。もちろん上着は今日こそ持っていかないといけません。
なぜなら今日はヴァチカン市国へ行くからです。

朝食が終わって、お友達と集合の前にホテルの外観を写真で撮ろうという事で写真を撮りました。
撮り終えて中に入ろうとしたら一人のイタリア人のおじいさんがホテルの中にいて、私たちに「今日は良いお天気ですね。」と日本語で話しかけてきました。あれ?今日の現地ガイドさんかな?とかおもって、「そうですね。」と言った所、おもむろにポケットから白い包み紙を出して広げて中にあるネックレスを指差して「カメオのネックレス、12ユーロ」といいました。そして「もっしもっしカメオー、カメさんオー〜〜♪」と歌いだしました。
びっくりです。お友達と私は早々にホテルの奥へ退散です。

集合時間になってみんな揃ったらいざヴァチカンへ。
今日のガイドさんはイタリア人女性でとっても日本がお上手な方です。
(さっきのカメオのおじいさんではありませんでした・・。)

まずはヴァチカン博物館から見学です。
朝早く到着したのにもう長だの列ができていました。

ここは貴重な美術品の数々が所蔵され、古代エジプトからルネサンス期を経て現在に至るまでの美術品などを展示しています。

2000年以上前の骨壷や石棺、じゅうたん等機械のなかった時代に作られたとは思えないくらい精密なものばかりです。

天井の壁画にまで遠近法を使った立体的な絵があります。

次は、システィーナ礼拝堂です。

ミケランジェロの「最後の審判」や、旧約聖書の壁画・天井画などを見学しました。

そしてサンピエトロ寺院へ。
ここは世界最大のキリスト教教会であり、カトリック教会の総本山で、見る人を圧倒します。

また、ネロ帝のキリスト教迫害に遭い、殉教したサンピエトロの墓の上にキリスト教を国教と認めたコンスタンティヌス帝により建てられたというものです。

ローマ教皇のミサが行われる特別な日には、世界中から約6万人の信者を収容することができるそうです。

ヴァチカン市国は世界最小の独立国として認められていて独自の切手も発行しているそうです。


私はキリスト教徒ではありませんが、ここは今回の旅行の中でも一番緊張した場所です。
長い歴史と多くの人たちの信仰心により支えられてきた神聖な場所だというオーラがあり、言葉で表現できるほど軽々しいものではないといった雰囲気でした。

その後サンピエトロ寺院前で集合写真をとりました。

観光が終わってお昼です。
今日はサルティン・ボッカ(仔牛のソテー)ということで私は丸残しとなりました。

午後は自由行動です。

添乗員さんが「ローマの休日」の名所であるスペイン広場、トレビの泉、真実の口などへ行きたい人がいたら案内しますといってくださって私とお友達は他の希望者の方たちと一緒に連れて行ってもらうこととなりました。

地下鉄に乗っていくことになりました。
地下鉄は日本のよりとても広かったです。
でも運転がちょっと荒かったです。
6歳ぐらいの女の子が紙コップと楽器を持って隣の車両から来て紙コップにお金を求めていました。

まずは「真実の口」へ。

ここは囲いがされており、既にたくさんの人たちが写真を撮ろうと並んでいました。色々な国からの観光客の人たちもいる感じで、多様な言語が飛び交っていました。
私たちの前にはイタリア人家族、うしろには中国からの観光客の方たち、その後ろには黒人のおそらくはアメリカからの方たちが並んでいました。

私たちの前に並んでいた家族は、お父さん、お母さんと7歳ぐらいの女の子、5歳ぐらいの男の子といった感じで、どうもお姉ちゃんが弟に
何か言って弟は泣いてしまったようです。

私たちのツアーの誰かが「たぶん、『真実の口は、悪いことをしたら手をたべられちゃうんだぞ。』というようなことを言って怖がらせてしまって弟が泣いているのではないか。」と言っていましたが定かではありません。

男の子はどうもピエトロ君という名前のようで、お母さんが話しかけるときに「ピエトロー。」、「ピエトロー。」と言っていました。
非常になじみのあるドレッシングの名前なのでなんだかおかしかったです。

やっとその家族の順番がまわってきたとき、ピエトロ君だけは泣いて写真をとるのを嫌がったため、ピエトロ君だけ写真に入らずに写真をとってしまったようですが、その後お母さんがなんとかピエトロ君をなだめすかして、私にカメラを渡して家族全員の写真を撮ってほしいというので、もちろん喜んで撮らせてもらいました。
といっても実は私は写真を撮るのがあんまり上手ではないので同じツアーでカメラにこだわりのある方にお願いしました。
ピエトロ君、手を食べられないでよかったね!

次に、スペイン広場とトレビの泉を見に行くことになりました。

スペイン広場ではイタリア人の男の人たちが私たちを見て「オノ、ナカムラ、ヤナギサワ〜」と声をかけてきました。

私たちのツアーの1人が近寄って行ってしまい、二言三言話を交わすとあっという間に手首になにか紐のようなものを固く結び付けてしまいました。

そして「3ユーロ」と言われて払ってしまっていました。
冷やかしで寄っていってしまった結果です。
買う気が少しでもあったのなら別ですが。。

トレビの泉へ行くと、たくさんの人がいました。
添乗員さんによると、今は昔と違ってコインを投げることは禁止されているそうです。

その後、世界史の教科書なんかに良く出てくるコロッセオと、フォロ・ロマーノ周辺を見に行きました。

コロッセオは周囲527m、高さ48.5m、約6万人を収容した巨大闘技場です。
西暦72年に皇帝ヴェスパシアヌが着工し、約4万人の奴隷を使って、たったの8年で完成させたといわれているそうです。

フォロ・ロマーノは、紀元前509年から約1000年もの間、ローマの政治や経済の中心として栄えた場所です。
諸皇帝が権威を示すために建てた神殿や凱旋門が残り、貴重な歴史を学ぶことができるとされています。

フォロ・ロマーノとは、「ローマ市民の広場」という意味のラテン語でフォロは「フォーラム」の語源となったそうです。

観光が終わって夜は、Genova(ジェノバ)通りにあるピザ屋さんに入りました。
ピザ3種とサラダ3種、飲み物などを頼んでみんなで食べました。
とてもおいしかったです。

1人当たり8ユーロでした。

それからホテルに帰り、荷物のせいとんとお洗濯をしてお風呂に入りました。
明日は最後の1日なので終日自由参加です。
お友達とどこに行くか考えなくてはいけないので、さっとお風呂に入って色々してしまうことが終わったらガイドブックとにらめっこです。
お友達の希望で、明日はおみやげの購入とお買物中心の1日ということになりました。

お友達がお風呂に入っている間私は又自宅に電話をかけました。
今日もちゃんとつながりました。

お友達が出てきて、二人でガイドブックを見ていたらはっと気がつきました。「明日って日曜日だからブランドのお店もほとんどがお休みじゃない?」そうです、たいていのお店はお休みで、開いても午後から開くお店がほとんどだったのです。

一応は行ってみようということになり今日はそのままおやすみをしました。

サン・ピエトロ寺院

(ヴァチカン市国)

サン・ピエトロ寺院

イタリア旅行記(ローマ1泊目)
2006年09月07日 (木) | 編集 |
2006年8月25日(金) 晴れ 一時曇り&雨

今日は7時に添乗員さんからのモーニングコール、朝食は7時から−1階(地下1階)のレストランで食べられることになっていてスーツケースは8時にお部屋の外に出しておくことになっています。集合時間は8時半ということで全体的にいつもよりは遅めの時間になっています。

持ち物はイヤホン(みみたろう)とパスポートです。
やっぱり今日も一応上着をもっていきます。

お食事に行くときにエレベータにのったら途中の階でイタリア人の年配のご夫婦が乗ってこられました。

一応にっこりわらって会釈をしました。
で、何階か聞いたら私たちと同じ階だったのですが、"Grazie."といわれて思わず"Prego."(どういたしまして)を度忘れしてしまって、う〜んっとうなっていたところやっと思い出して"Prego."と言うと奥様のほうが笑って"How do you say 'Grazie.' in Japanese?"(日本語で「ありがとう」ってなんていうの?)と英語で聞いてこられたので、「ありがとう」と日本語で返すと、エレベータが到着してドアが開いたときに「Grazie ありがと〜。」と言って降りていきました。
なんだかおかしかったけれど楽しいひと時でした。

朝ごはんが終わったら、聖地アッシジへバスで向かいました。
バスで移動中、しばらくして右手にトラジメーノ湖、そして又しばらく行くと今度は左手にペルージャの街が見えました。

途中、一時トイレ休憩になりアッシジの焼き物のお土産屋さんに寄りました。
イタリアに来てから犬しか見かけなかったのですが、ここには黒い猫がいました。首に真っ赤な首輪をして鈴がついていました。

お皿とか瀬戸物はとてもカラフルで果物の絵が描かれたものとかがたくさんありました。
持ち帰るのに割れたりしたらどうしようと思いながらも「明るい色の絵皿とか記念に買って帰ると食卓も明るくなって気分も明るくなるわよ。」と人にすすめられて、そこでは小さめの小皿でりんごの絵がついているものと、薬味入れに丁度いいぐらいの小皿を三つ、あとはうちはワインなんて飲まないのですがかわいいおさかなの絵がついたワインボトルのフタを買いました。これらは、割れては困るので持ってきていたバスタオルにくるんでしっかり丸めてスーツケースにおさめました。

その後又バスに乗り景色の良いところで写真休憩をとり、又バスに乗って昼食を取るためにレストランへ向かいました。

今日のお昼は前菜の盛り合わせということでした。

昼食後、午後はアッシジの市内観光ということで、バスに乗り向かいました。
今日はサン・フランチェスコ教会で日本人の牧師さんのお話を聞く予定になっています。イタリア人のガイドさんも同行しました。

バスを駐車場に止め、そこから歩いて1時間程歩いたところに目的地があるのですが、途中道の左右に小物屋さんがたくさんあって入りたいな〜とおもうところがいくつもあったのですが時間がなくてやむなくついていきました。

もし又イタリアへいくことがあったらもう少しゆっくりこのあたりとか見てみたいです。

標高が高いところみたいで空気もひんやりしていて、でもオリーブの木がたくさんあって畑がきれいだったり景色もとってもきれいでした。

最初に、ヌォーボ門より中世の街並みを見てサンタ・キアラ教会、サン・フランチェスコの生家と彼の父親の店を見学しサンタ・マリア教会を経てミネルバ神殿を見学しました。

少しフリータイムの後いよいよサン・フランチェスコ教会へ。
1226年に44歳で没した聖人、サン・フランチェスコを讃え、1230年に建てられた大聖堂があります。

父の商売道具を売り、病人や貧しい人々のために尽くし、教会を修復し人々や動物に説教をしたといわれています。
13〜14世紀にチマブーエやジョットによって描かれたサン・フランチェスコの生涯を表す壁画は、当時文字が読めなかった一般の民衆のためのものであり、内容をわかりやすく説明するために描いたものです。

サン・フランチェスコ教会は、キリスト教なのですが、仏教である京都の栂尾山高山寺と兄弟教会となっており、これは、聖フランシスコが高山寺を復興した明恵上人と同時代の人であり、どちらも清貧を貫いた人であったのが縁となったそうです。

教会の中での牧師さんによるお話が終わって外に出ると少し空が暗くなっていました。なんか雷の音もしはじめました。

本当はすぐにバスのところまで戻るはずだったのが、ツアーの誰かのリクエストによりあと20分写真休憩となってしまい、だんだん雷の音が近くなってきて私はとっても不安になりました。
私は雷が本当に苦手で、ひどいときはパニック気味になって泣いて大騒ぎをしてしまうので落ち着かず大変でした。。
今回はそわそわして少し半泣きぐらいで済んだのですが。。

バスまで戻ってさあ出発というときに土砂降りの雨になりました。
これからは最後の宿泊地ローマまでひたすらバスで移動です。

ローマのホテルに到着しました。
荷物を置いて少し休んだらレストランでお食事です。
ツアーのみなさん揃ってのお食事はこれが最後ということで皆さん「最後の晩餐だね〜。」と口々に言っていました。

レストランには日本人は私たちだけであとは広いところにたくさんテーブルがあって外国の方がたくさんお食事をしていました。
何語かなと思って聞いていたのですがあんまりにもたくさんの人がおしゃべりしているので全然わからなかったです。

お食事はパスタとかおさかなとかで、とってもおいしかったです。
お食事が食べ終わる頃にいきなりレストランの電気が消えて真っ暗になりました。「あ、停電?」と思っていたら真っ暗ななかたくさんの人たちが"Happy birthday to you.Happy birth day to you〜♪"と歌い始めてロウソクの立てられたケーキが運ばれてきました。
私のところへ。

添乗員さんが「少し早いですがお誕生日おめでとうございます〜。帰国の日に本当はお誕生日なんですが少し早くて申し訳ございません。」といってくれました。

電気がついてレストランの中のみんなが拍手をしてこちらを向いていました。

もう本当にびっくりです、しばらく固まっていたらツアーの誰かが「立ち上がってみんなにお礼、お礼!早くっ!!」と言うので私は「はっ」と我に返って何語でなんといっていいのかわからず思わずイタリア語で"Grazie mille."(どうもありがとう)と言っていました。
半泣きでした。

そしたら他のテーブルから外人の年配のおじさんがやってきて、英語で「いくつなの?」と聞いてきて「17歳?」というので「いえいえ、違います。」というと「16歳?」「15歳?」「14歳?」と下がっていくのでこれはまずいとおもい倍近くもある実年齢を答えてしまいました。するととても驚かれ席に戻るときに「どう見ても17歳ぐらいにしかみえない。」と何度も言っていたそうです。(添乗員さんより)

ケーキはあとでロウソクをとって切り分けてみんなでいただきました。
ミモザのケーキということでお祝い事でよく出されるケーキだそうです。

この旅行を決めたとき、私は精神的にも相当すり減った状態で会社を辞めた直後でした。

人生の転機を見つめなおすため、自分をリセットするためというほど大げさなものではありませんが、普通にのんびりと観光ということだけではありませんでした。

色々な人の笑顔に触れ、美しい景色を見て、過去の歴史の偉大な建造物や歴史、芸術に触れて、人生において本当に大切なものとは何であるかを考え始める良い機会になったと思っています。

お夕飯がおわって、お部屋に戻っていつものとおりお風呂に入ってお片づけをして洗濯をしました。

お友達がお風呂に入っているときに今日も自宅へ電話をかけました。
今日はちゃんとつながりました。

又いつの間にか私は寝てしまって、テレビも電気もお友達がちゃんと消してくれていました。いつもごめんなさい。

サン・フランチェスコ教会


サン・フランチェスコ教会


アッシジのお土産屋さんで買ったお皿

アッシジで買ったお皿

イタリア旅行記(シエナ1泊目)
2006年09月05日 (火) | 編集 |
2006年8月24日(木) 晴れ

今日は、6時半に添乗員さんからのモーニングコール、朝ごはんは6時半から0階で、スーツケースは7時半にお部屋の外において置くことになっています。

集合時間は、8時で持ち物はイヤホン(みみたろう)とパスポートってなっています。一応上着も持っていきます。

朝食後、集合をしてバスに乗って世界的に有名な「ピサの斜塔」(ユネスコ世界遺産)へ向かいます。

途中で別のシャトルバスに乗り換えて移動(7分)しました。
乗り換えのときに観光バスを降りたら、ものすごい真っ黒で背の高い黒人の男の人が、かなり遠くからゆっくりこちらへ向かって歩いてきます。

頭には麦わら帽子みたいのをたくさん重ねて載せていて、左手右手にいっぱいベルト(VALENTINOとか書いてあるのもありました)とかネックレスみたいなものを持っていました。

歩き方は一歩ずつとてもゆっくりで、一歩ずつ歩くたびに肩をあげてファッションショーのモデルさんみたいでした。

近づいてきて、なんか「買ってほしい」オーラをたくさん出していました。誰も買わなかったのですが、ツアーのメンバーの1人がカメラを向けると"No."と断られました。
不法で行っていることなので、撮られるとこまるのだとお友達が言っていました。そうかもしれないですね。

ドゥオーモ広場についたら少し写真フリータイムがあって、その後ガイドさんからピサの斜塔の案内がされました。

ピサの斜塔は、本来大聖堂に付属して建てられた鐘楼ということで、1173年の着工当初、100m以上になる計画だったそうです。

3層目が終わった頃の1185年に地盤沈下があり、その後南の方に傾き始めて工事中断となったそうです。

しかし、1275年に工事が再開され、中心軸をずらしながら14世紀半ばに55m8層構造の鐘楼が完成しました。

現在中心軸は5mずれていますが、上にのぼることは可能となっています。残念ながら私たちが行ったときは1時間待ちということで上には上りませんでした。

家に帰ってから母に聞いたことなのですが、私の祖父も昔イタリアに仕事で行ってピサの斜塔を見たことがあるそうです。

祖父は当時外交官で、日独伊三国同盟の締結のためにイタリアとドイツに行った際にここを訪れたそうです。なんとなく感慨深いものがありました。

ピサの斜塔を遠近法で写真を撮るとおもしろいと添乗員さんにいわれて、手の上にのっけたりよっかかったりしている感じの写真をみんな工夫して撮っていました。

その後、大聖堂に入り見学をしました。
ここは、1063年に着工、1118年に完成したロマネスク建築の大聖堂で聖母マリアに捧げる意味を込めて建てられたものだそうです。

ピサの斜塔を見に行ったときにお土産屋さんが並んであったのですが、その回りにたくさん黒人さんたちがいて、おともだちが言うところの「なんちゃってブランド」なるにせもの品やアクセサリーをたくさん持って営業をしていました。

門を出てからも歩いてシャトルバスのバス停に向かう間も道の両脇に「なんちゃって屋さん」が軒並み並んでいて黒人さんたちが売っていました。

バス停ではシャトルバスが行ってしまったばっかりで、たくさん人が待っていました。ジプシー風の女性たちや他の日本からのツアー団体とかもいました。

シャトルバスが到着したとき既に混んでいて、乗り込んでバスが発車するのを待っていたところ、いきなり中で座っていた人が叫んだらそれを合図に座っていた人たちが全員立ち上がってびっくりしました。
すぐに全員バスを降りていきました。あとで添乗員さんにきいたら、「ここがピサの斜塔ですからみなさん降りてください。」と叫んでいたそうです。

それと、バスの中にはスリ目的で乗り込んできたジプシーの女性がいたそうです。うちの添乗員さんが狙われていたそうで、添乗員さんはそれをわかっていたそうです。でも何もなかったのでみんな無事でよかったです。

お昼ごはんの時間はマッシュルームのリゾットとサラダでした。

お昼ごはんが終わって、又観光バスに乗ってサン・ジミニャーノへ向かいました。ここは、中世にタイムスリップしたかのような「美しき塔の町」で、宿場町として発展した最盛期の13〜15世紀には72本もの塔が金持ちのステータスシンボルとして建てられていました。現在残っているのは14本だけとのことです。
又、トスカーナ地方の美しい田園地帯に囲まれたところで景色がとてもすばらしいです。

サン・ジミニャーノに、「coop」というマーケットがあって、添乗員さんによると日本のcoopと同じものだということでした。

サン・ジミニャーノは普通イタリアのツアーでは含まれていない場合が多いそうです。

サン・ジミニャーノを後にして、ホテルへ向かいチェックインして一度荷物をお部屋に置いて、一時間ぐらい休憩後にシエナの観光です。

みみたろうの出動です。

大聖堂(ドゥオーモ)は、外壁を一部修復中でした。
白と黒のストライプ模様の大聖堂で、ロマネスク、ゴシック、ビザンチンの建築様式を併せ持つそうです。

ドゥオーモ見学のあとは、カンポ広場へ。ここは1347年築の扇形の広場です。中央には市庁舎とマンジャの塔(87m)があります。

その後自由解散となり、ホテルの夕食時間までに個々に戻るということになりました。
私とお友達は路地を歩いて色々並んでいるお店をみて回りました。
ビーズでできたピンクのネックレスがあって、8ユーロとあったので買おうかどうしようかと迷ったのですが、浅草橋で材料を買ってこしらえたほうがお得かなとちらっとおもって買うのをやめてしまいました。。

ジェラートのお店に人がたくさんいましたので、お友達と入って食べました。私はメロン&リモーネを食べました。

あと、スーパーマーケットを見つけたのでお友達と入ったのですがすぐ閉店になってしまったのであんまりみれなかったです。

シエナは夜は危ないので外出しないでくださいとのことで戻って夕食を食べてお片づけと洗濯をしてお風呂に入っておやすみをしました。

ピサの斜塔

ピサの斜塔

イタリア旅行記(フィレンツェ2泊目)
2006年09月04日 (月) | 編集 |
2006年8月23日(水) 晴れ

今日は、7時にモーニングコール、集合時間は8時にホテルの正面入り口となっていて朝食は0階のレストランで6時半から食べられることになっています。
今日の持ち物は、イヤホン(みみたろう)とパスポートとなっています。
一応上着も持っていきます。

朝食後、添乗員さんの後に続いてホテルから歩いてシニョーリア広場へ行きました。
その途中にドゥオーモとジョットの鐘楼の前で写真を撮る休憩をとって、その後ツアーの集合写真を取りました。

現地ガイドの方と合流し、ウフィッツィ美術館へ行くのですが、ロンドンテロ未遂事件後からペットボトルの持ち込みは禁止され、やむなく添乗員さんがみんなの持ち込み禁止物を預かって外で待機ということになりました。。私は持っていた目薬はどうなんだろうとおもって聞いてみたら、なんと!これもだめとのことでした。
本当に厳しいですね。

このウフィッツィ美術館は、ルネサンス美術の名画において世界最大の所蔵を誇る美術館ということですが、1565年より、メディチ家コジモが自分の事務所(ウフィッツィ)でコレクションを眺めたいということで作らせたものだそうです。

ジョット「オニサンティの聖母」、フランチェスカ「ウルビーノ公爵夫人の肖像」、ボッティチェリ「春」、等々ダヴィンチ、ラファエロ、ルーベンスなど値段のつけようのないものばかりです。

ウフィッツィ美術館の見学後は、ドゥオーモ(サンタ・マリア・デル・フィオーレ)へ。1296年から約175年かけて建てられ、かつてフィレンツェ共和国の宗教の中心だったそうです。

隣接する鐘楼は、ルネサンスの父、画家であり建築家でもあるジョットの作です。建設着手後3年で完成を待たず亡くなってしまったそうです。

次はサン・マルコ美術館です。
元々はドメニコ会派のサン・マルコ修道院だったところで、1439年から1444年ミケロッツォにより改築されました。
中にはフラ・アンジェリコが手がけたフレスコ画が飾られています。

昼食は、仔牛のローストとサラダです。
例によって私は仔牛のローストはパスです。

今日の観光はここまでで、午後2時からは自由行動です。

実は今日は私は朝から非常に体調が悪く、少し無理をして午前の見学に参加をしてしまいました。

見学をしているときに貧血を起こしてしまい、とてもしんどくなってしまったのですが言い出せずにいたら一緒にツアーに参加していたお友達が添乗員さんに話してくれていたようで、添乗員さんから「お昼までのあいだの見学で、休憩をとりたいひとはここで休憩しててください。」ということで私を含め5人休憩ということで建物の角のところでこしかけて1時間半ぐらいお休みをしていました。

休憩をしていたほかの人が「なんかものすごく顔色が悪いよ。」と言われお水を買ってきてくださいました。そのお水で持っていたお薬を飲んだらだいぶよくなりました。

お昼が終わってフリータイムはお友達と二人で行動することになり、だいぶ回復していたので「ジョットの鐘楼」に登り、フィレンツェの街を上から一望しました。

そしてジェラートのお店でお友達は「ピスタチオ」私は「メロン」のジェラートを食べました。ジョットの鐘楼の斜め前のお店です。とってもおいしかったです。

その後ブランド街にお友達が見たいというお店があるというのでついていきました。一つはフェラガモでもう一つは何だったか忘れてしまいました。途中私がとっても気になっていたカメのトレードマークのcarpisa(カルピザ)というバッグ屋さんがあったので少しのぞきました。

そのあとヴェッキオ橋で写真を撮って、PRADAやBVLGARIをのぞいてその辺をあちこち回りました。
なんだかおしゃれなお店がたくさんで入るのがとても緊張です。しかも日本語があまり通じそうにないし・・。

今日はお夕飯を「SABATINI」(サバティーニ)というお店で食べる予定です。
お友達によるとこのお店はとても有名なお店だそうです。
たまたま私が持ってきていたガイドブックにこのお店のお料理や支配人の方の写真とかが載っていたので持っていきました。

お店の予約が7時だったのですが少し早めにホテルから歩いてレストランへ向かいました。

途中なんか怖い感じの人たちがいたので、観光客だと露骨にわかってはいけないと思いました。

そこで、無駄なこととわかりながらお友達とイタリア語で話しているふりをしなければとへんてこなことを考えてしまいました。
見れば観光客だと一目でわかってしまうのですが・・。

「カタコトのイタリア語会話」という本で覚えていった数少ない言葉(Grazie:ありがとう、や Prego:どういたしまして)などをぼそぼそ言いながら歩いていきました。まぬけな日本人代表です・・。

お店に10分ぐらい早く着いたので、入り口が閉まっていたのですがお店の人たちが気づいてあけてくれました。

お店に入ってみると既に一組の日本人の母娘といった感じの方たちがテーブルについていらっしゃいました。

なんとなくこの辺に詳しい方たちなのかな?という感じがしました。

オーダーを取りに来た方はガイドブックに載っていた支配人の方だったのでガイドブックを一応お見せして”It's you?”と聞いたらにっこり笑って"Yes."とおっしゃいました。

私たちはポルチーニ茸のフェットチーネと手長エビのお料理、その他をとりまぜて注文しました。とてもおいしかったです。
金額は、160ユーロぐらいでちょっと高めです。
チップは約20ユーロをテーブルに置いておきました。

その後、支配人の人と記念撮影をしました。

私のデジカメはちょっとぼけて撮れてしまったので、お友達の一眼レフというカメラで撮ってもらいました。

いつの間にか、どこかのツアーの日本からの団体のお客さんとか何人かのイタリア人らしきお客さんたちでお店はいっぱいになっていました。

外はすっかり暗くなっていたので、又早足でいそいでホテルにもどりました。

今日もスーツケースの中身をせいとんして、お洗濯をしてお風呂に入って早めに寝ました。

ジョットの鐘楼から眺めるフィレンツェの街並み

フィレンツェの街並み

イタリア旅行記(フィレンツェ1泊目)
2006年09月02日 (土) | 編集 |
2006年8月22日(火) 晴れ

今日は、モーニングコールが6時半、朝食は7時から0階のレストランで、スーツケースは7時20分までにお部屋の外へ、集合時間は7時45分となっています。

観光時の持ち物はイヤホンとなっているので「みみたろう」の出動です。いつもの通りパスポートと上着も念のため用意していきます。

朝5時前に目が覚めて、早めに支度をしたので朝食の時間までの間に電話を自宅にかけようと思い、夕べ部屋からかけてだめだったのでフロントへ行き英語のわかる方に事情をお話しました。フロントの電話で確認してもらったところカードが使えることとまだ話せる時間が十分残っているとのことで、部屋からつながらないのは理由がわからないけれど外の公衆電話なら確実につながるだろうとのことで歩いてすぐ近くに駅があるので行ってみました。

外はとても空気が澄んでいて気持ちよかったです。駅前に運河があって、かもめが気持ちよさそうに飛んでいました。

電話がかけ終る7時過ぎになるとお仕事で通勤らしい人たちがたくさん駅から出てきます。

早々に電話を終えて昼食を取りにホテルへ戻りました。
丁度レストランがオープンするころで、入り口のところでお友達が待っていました。

朝食を終えて、集合して観光バスへ乗り込みます。
今日はまず、パドヴァで修復を終えてジョットの色が鮮やかによみがえったスクロヴェーニ礼拝堂を見学です。

ここは、まず礼拝堂に入る前に体のほこりとかを取り除いたり体温を下げるための別の部屋に入ってからでないと中に入れません。
だいたい10分ぐらい入って椅子にこしかけて、なんか礼拝堂の説明のビデオを見ました。

その後礼拝堂に入りますが、15分以上は見学できない規則だそうです。ビデオを見ていた時間がもったいない感じです。

キリストの生涯を時系列に描いた38枚のジョットの描いた絵が壁一面に順番に並んで飾ってあり、現地ガイドさんの説明を受けて見学をしました。

スクロヴェーニ礼拝堂は、エンリコ・スクロヴェーニが高利貸しで金儲けをしていた父の罪を償うためにマリア様に捧げるために建てた礼拝堂ということで、内部の壁画はジョットに依頼したものだそうです。
ジョットは弟子とともに3年かけてこの壁画を完成させたそうです。

お昼ごはんは野菜スープとローストチキンです。

午後は歩いてラヴェンナ観光です。

おみやげ物屋さんで小さなカメの形をした、モザイクづくりのペンダントヘッドとカードを買いました。7ユーロでした。

その後、ビザンチン・モザイクの傑作 サン・ヴィターレ聖堂、ガラ・プラチディア廟、サンタ・ポリナーレ・ヌオーヴォ教会を見学しました。

その後フィレンツェへ観光バスで向かい、夕方にミケランジェロ広場に到着しました。広場で少し休憩時間があって、写真をとったりしました。

この広場からはフィレンツェを一望でき、夕日に照らされた街並みは絶景でした。休憩時間がもう少し長かったらよかったなぁと思いました。

でもここには黒人さんたちがたくさんゴザみたいなのを敷いて、にせブランド品のバッグとかをたくさん売っていました。
おともだちが、小さな声で「なんちゃってブランド売ってるよ。」って言ってました。

その後又バスに乗ってレストランへ向かいました。

夕食はフィレンツェ風ステーキとキャンティ・ワインでした。
お肉もお酒もだめな私はサラダとお惣菜だけでのりきりました。

ホテルに到着して、夜は荷物の整頓とお洗濯をして、お風呂に入って寝ました。

テレビをつけたのですが、白黒の音楽番組とかやっててイタリア版懐メロみたいでした。
あとはお笑いの番組みたいのとかドラマをやっていました。

私はお風呂から上がっていつのまにかお布団に入って寝てしまっていました。次の日の朝はテレビも電気もちゃんと消えていました。

ミケランジェロ広場から眺めるフィレンツェの夕景

フィレンツェの夕景

イタリア旅行記(ヴェネツィア2泊目)
2006年09月01日 (金) | 編集 |
2006年8月21日(月) 晴れ

今日は、モーニングコールは8時、朝食は7時から0階の食堂で食べれることになっていて、集合時間は9時15分、持ち物はイヤホン(みみたろう)とパスポートです。

午前中にヴェネツィア市内観光ということで、水上バスに乗ってサン・マルコ広場へ。

今日の観光ではサン・マルコ寺院、ドゥカーレ宮殿、ため息橋を見て回りました。

ガイドさんは日本語の上手な(ちょっと早口な)イタリア人の女性です。

サン・マルコ寺院は、9世紀初頭に聖マルコのために建てられたものだそうです。改築のたびにロマネスク、ビザンチン、ゴシックなどの要素が加わって現在の様式になったそうです。
金箔の装飾やモザイク画も必見です。

ドゥカーレ宮殿は、9世紀にヴェネツィア共和国の総督の邸宅兼政庁として建設されたものだそうで、ゴシック様式の建物です。

ため息橋は、渡ると生きては帰れない牢獄へと続いている橋で、ため息をつきながら囚人が橋を渡ったことが名前の由来という悲しい橋です。

あとは、サン・ジョルジョ・マッジョーレ教会の鐘楼にのぼって、目の前に広がるヴェネツィアの街並みや運河を見ました。

午前中の観光が終わるとお昼ご飯です。
今日はイカ墨のリゾットと魚のグリルということです。
イカ墨を初めて食べましたが、あんまり好みませんでした。。
とにかくのどが渇いてしまっていたので冷たいミネラルウォーターはおいしかったです。
旅行中は何本ミネラルウォーターを飲んだかわからないぐらいです。
バス移動のときでもドライバーさんが冷たくしたミネラルウォーターを1ユーロで売っていたので何度か買いました。

お昼が終わったら、次はゴンドラセレナーデの時間です。
ヴェネツィアといえば水の都、ゴンドラです。

私たちは三つの班に分かれてゴンドラにのりました。
真ん中の班の人たちのゴンドラには歌手の人とアコーディオンを弾く人が乗りました。

ゴンドラの船頭さんは狭い水路を上手にスイスイと運転していきます。
このお仕事になるには、試験がとっても難しくて大変なのだそうです。

第二班の人たちのゴンドラに乗った歌手の人とアコーディオンを弾く人はどちらもおじいさんですが、歌手の人は歌い方がちょっと井上陽水みたいです。真っ青なシャツに黒いズボン、黒いサングラスをかけています。

サンタルチアとか、フニクリフニクラとか聴いたことある曲もいくつか歌っていました。おじさんたちはとっても「のりのり」でした。

お友達が合いの手をしたいといっていましたが、みんな聞き入っているのに1人ではできないと思ったのか、「手拍子、手拍子」と小さな声でなにやらもごもご言っていました。。

途中何度も橋の下をくぐるたびに橋の上の人たちが手を振ってくれて、私たちも手を振ってにっこりしていました。

ゴンドラセレナーデが終わったところで、陸にあがったらしばらくふらふらしていました。船酔いなのかもしれないです。

ゴンドラのあとは基本的に自由行動なのですが、添乗員さんがサンタ・マリア・グロリオーサ・ディ・フラーリ教会とヴェネツィアングラスの工房(フェッロ&ラッザリーニ)へ連れて行ってくれました。

今日はとても暑くて、サングラスをかけていないと、目も開けられないぐらいのお天気でした。
おともだちはサングラスをかけるたびに「ちょいワル、ちょいワル」と言っていました。

ヴェネツィアングラスの工房では職人さんの熟練の技を見学して、ペンダントトップを一つだけ買いました。もう少し時間があったら他にも買いたいなぁとちょっとお買物モードでした。。

工房をあとにして、又水上バスに乗ってしばらく運河を行きました。
その後ヴェネツィアの街をあちこち歩いて路地とかで小物とかをお買物したりしました。

夜はホテルの近くのレストランでトマトのパスタとかフェットチーネとか食べました。結構おいしいお店でした。

運河を見ながら食べれる席だったので外の空気が気持ちよかったです。

その後ホテルに戻って、お風呂に入りました。

お風呂から出てきてお友達がお風呂に入っているときにまた家に電話をしたのですが、昨日と同じ手順でかけているのに全然つながりません。言語の選択で2.英語をプッシュした時点で"Your PIN code is invalid. "(あなたのPINコードは無効です。)と言われてしまって。。

仕方がないので今日はあきらめて、おやすみをしました。

ヴェネツィアの運河
(高い建物はサン・ジョルジョ・マッジョーレ教会の鐘楼)

ヴェネツィアの運河